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バンコクから南へ3時間半ほどにあるリゾート地Huahinへ行ってきました。
有名なパタヤとは丁度位置的に対岸になります。
パタヤとは全く違い静かな大人のリゾートといった感じです。
Hyattは街の中心から少し南に離れた海辺に建っています。
非常に静かな海の前でホテルは上品な雰囲気です。
オープンエアーのフロントでは女性マネージャーの丁寧なお迎えがありました。
タイ人にしてはスマートでそつのないサービスをしてくれました。
部屋は改装されたばかりのプレミアスイートで大きなリビングが特徴的です。
部屋の割にテレビが小さく残念。
また、浴室と寝室は開放できる構造になっていました。
海を見渡せるテラスでの朝食はとても素敵な時間でした。
併設されている海辺のレストランもなかなか良いお味。
只、お値段は結構しますね。
また、全体的にサービスは洗練されておりタイのレベルではかなり高いと思います。
尚、スタッフの中には平均点以下の対応をする方もいましたので何かあればマネージャーに直接お話しすることをお勧めいたします。
バンコクのエラワンHyattからシャトル送迎がありこれを利用すればきれいな車で一人僅か500Bで往復できます。
ホアヒン市内へは少し歩いたところから流しのソウテウが沢山ありますので不便しないと思います。
大人のリゾートでゆっくりしたい方にお勧めします。
2010/09/03 12:09:04
2005年夏、ロシア、欧米、アジアの自動車関連企業が一同に会するだろうモスクワ・モーターショーを2日間、見に行きました。
仕事のほうは順調に進んで、成果を収めたので問題ない。
ロシア自動車メーカーはじめ、全世界のメーカーがここに集まった。
のだが、日本の自動車メーカーはスズキのみ。
あのトヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダetc.は出品していないのだった。
ロシアは2005年当時で、すでに約3千万台の自動車保有台数を誇る、レッキとしたモータリゼーション大国なのだ。
その殆んどが余り質の良いとは言えない、ロシア車ではあるが。
1990年代後半あたりから石油+天然ガス資源をバックにした豊富な資金で、ロシア経済は高成長時代に入っていて、日本の中古車輸入はうなぎ上りで、2005年時点で、今や日本からの中古車輸出先のトップとなっている。
日本車の占有率は、極東地域では90%以上、中央シベリア地域で約50%、全保有台数の7割が走っているヨーロッパロシア地域でさえ25%近くを占めている2005年だった。
(欧州車はドイツ車中心に30%)
対ロシア貿易相手国は、ドイツ、中国、イタリア、オランダ、アメリカであり、日本は非常に出遅れていた。
その出遅れが、今回のモスクワ・モーターショーに如実に表れていたのだろう。
でも、トヨタは2007年末から、サンクト・ペテルブルグで現地生産工場開始を計画していたので、さすがトヨタは先見の明があるものだ、と思っていた。
当旅行記はそんな経済のお話しではなく、2005年当時のモスクワ・モーターショー会場内で起こっていた、真実をお伝えするものです。
これを目にして、明るい、アッケラカンとしたロシア人の一面を認識したのでございます。
ロシア人は決して、冷たくはありません。
熱いのです。
2010/09/02 09:09:43
乗り継ぎだけのつもりだったのに、出会ってしまいました。
チューリッヒ初上陸。たった14時間の出会いでしたが、心に残る街となりました。
歴史的地区の優美な建造物、チューリッヒ湖~リマート川の水の都の美しさ、親切で穏やかな国民性、そして一方、若いビジネスマンがスマートフォン片手に闊歩する、金融・商業の中心地としての活気。
経由地だけではもったいない!皆さんには2泊することを是非おすすめしますが、ここでは、私のたった14時間のチューリヒの楽しみ方をお伝えしたいと思います。
2010/08/30 05:08:59
オンフルールの旧ドック 2008.10.10
旅行写真紀行 Travel Photo Essay
2008ノルマンディー・ブルターニュの旅③オンフルール
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私が写真を撮る際に最も大切にしているのは、被写体そのものよりも、そこに反射する光が作り出す輝きと陰影です。それが私が画家クロード・モネを好きな大きな理由です。
光の画家モネ(定説のようです)の「ルーアン大聖堂」連作や「積みわら」シリーズ、新国立美術館で公開中(8月16日まで)の「日傘を持った女」(2枚セットの1枚)、などが特にその光をモチーフにした作品と言われています。
私の今回のシリーズでもルーアン大聖堂、エトルタの崖、オンフルールのドック、モンサンミッシェルの朝夕などの撮影で光の捉え方に意を注ぎました。
旅行記を読み、写真をご覧いただくときに思い出していただければ嬉しく思います。
また旅先の雰囲気(臨場感)を出すため、できるだけ人物を写し込むことに心がけました。
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2008年10月7~16日(ノルマンディー、ブルターニュ、パリ)
今回の旅行は印象派を代表する画家クロード・モネが幼少時代から43歳で睡蓮の池で有名なジヴェルニーの家に移るまで主に活動したル・アーヴルおよびオンフルール、エトルタなど周辺の町を中心としたノルマンディー地方と世界遺産モンサンミッシェルが有名なブルターニュ地方を訪れました。(①~⑥を予定しています)
2008年10月10日(金)
ルアーブルからオンフルール行きのバスは午後までないので、仕方なくタクシーに乗った。
セーヌ川の河口に架かるノルマンディー橋経由で30分もかからないのに、往復の橋の通行料を含めて53ユーロもとられた。
この橋は午後遊覧船で下から見上げた。
オンフルールのホテルは昔の宿駅舎(宿場宿)を改造したというDiligence Hotelで庭に面した入り口側にしか窓がない。金網入りでもないガラス1枚で隔てているとは少し気味悪い。
でもバスタブがあるのにはほっとする。
昼近くになってターナー、コロー、モネ、クールベなど多くの画家が題材にしたという旧ドック、今はヨットハーバーになっている港の中心部へ向かった。
ホテルからは5分もかからない。帆をたたんだ白いヨットが多数係留されているが、天気がよすぎてこの時間帯では風情がない。
街中の狭い石畳の小道を進むとGalleryがやたらと多い。なぜかよくわからないが、むかし多くの画家たちがこの地で活躍したことに関係あるのかもしれない。ステンドグラスの看板など面白い写真がいくつも撮れてよかった。
ドッグ西通りに面したレストランの陽の当たるテラス席で昼食。ムール貝と白ワイン。16cmほどの深鍋いっぱいのムール貝には驚くばかり。小粒だが味は絶品で50個食べて残りを数えたら22個、全部で72個もあった。
遊覧船の予定がなければワインをお替わりし、完食間違いなしでした。
14:30発のノルマンディー橋遊覧船に乗った。
(8ユーロ)港からセーヌ川へ出るところに水門があり、世界屈指の(14mにも及ぶ)潮位の差を調節している。
橋は2本支柱のハープ橋で、橋桁は細くスマートに見える。橋の下をくぐってUターンする遊覧船は年配の観光客で満員で、秋の日差しを浴びながら1時間の舟遊びを楽しんだ。
水門の開閉で生じる激流に驚く魚を目当てにかもめが寄ってきて、狙いを定めては水中にダイブするのが面白い。
船を下りた頃には太陽も西にまわり、ドッグ沿いの建物からも直射日光が消え、白いヨットが引き立つような良い雰囲気に変わっていた。陽射しを避けた椅子を探してミルクティー(テオレ)で一休みした。
ホテルに戻って明日のモンサンミッシェル行きのタクシーの手配の相談をした。フロントの青年はタクシーは高いのでと、列車の時刻をSNCF(フランス国鉄)のサイトでいろいろ調べてくれたが都合のよいのがないので、結局60Km先のカーンまでタクシーを使うことにして料金(140ユーロ)を聞いて予約した。
頃を見計らってドックの夜景を撮りに出かけた。昼間とはまったく違うひっそりとした通りの建物の光が水面に長い光跡を映し、ヨットも静かに眠っているようだ。昼食と同じ通りのレストランですずきのグリルと白ワインの夕食。(25ユーロ)9時半ごろホテルへ戻った。
撮影 CANON EOS40D EF-S 17・85IS USM
編集・公開 2010.8.26
2010/08/29 02:08:44
<2006年6月23日(金)>
この日のメモです。「モーニングコール5:00、バッゲージ5:20、ホテル出発5:30」でした。予め、徐さんから貰っていた旅行計画書通りでした。AU携帯の目覚まし4時30分にセットして、早めに行動しました。
2000m弱の高地で、軽く体慣らしをして、いよいよ今日から、3500mクラスの高地旅行の始まりです。
<弁当を持って、早朝の出発>
まだ外が暗いうちからの出発ですから、当然、ホテルのレストランは開いていません。それで、弁当を手にしての出発でした。
全員、時間前に集合して、予定通りの出発となりました。ここで話題になった1つが、昨晩の騒音のことでした。原因が分かりませんでしたから、私は諦めて眠ってしまいましたが、大分苦労された方もいたようです。今朝が早い出発予定でしたから、夜出かけた人たちも早めにホテルへ戻られたようでした。
国内線ですから、ウィスキーの機内持ち込みは駄目です。それで、私のリュックも預け荷物にして、5時20分の荷物出しの時に、皆さんと一緒に廊下に出しておきました。鍵をかけていないので、少し心配な点もありました。
6時前に昆明空港へ到着しましたが、7時10分のフライトの1時間前である6時10分には、十分な余裕がありました。チェックインの手続きが済んだ後、待合室で朝食を摂りました。2種類のサンドイッチ、バナナ、ゆで卵とミネラルウォーターが箱に入っていました。
<香格里拉の空港到着>
メモには、「8:05分シャングリラ到着」とありました。当初の予定が8時10分でしたから、極めて順調でした。約1時間のフライトです。
昆明を飛び立った時は、薄い雲でしたが、シャングリラの中甸空港が近づくと、次第に雲の層が厚くなってきました。
高度を下げて、雲の層を潜ると、山の前方にシャングリラの空港が見えてきました。その空港は、離発着が難しいのように思えましたが、
「雲南省のパイロットは、全員空軍パイロット経験者ですから心配ありません」
との現地ガイドさんの話もお聞きしました。降り立った中甸空港は、幸い雨は降っていませんでした。現地ガイドの松さんがチベット族の民族衣装を羽織って出迎えに来てくれました。親切で元気のいい、明るい方でした。後でお聞きした皆さんの評判は、揃って上々でした。
この中甸空港は、完全なローカル空港ですから、タラップを降りた後は歩いて到着ロビーに向かいました。通行を規制する人も見えず、出入りが自由でしたから、到着した機体を撮影に、もう一度、外に出ることが出来ました。
その途中にある、空港事務所の扉が開いていました。6月下旬でも、何と電気ストーブが点けてありました。まだ、結構冷え込むのでしょう。
<雨のナパハイ見学>
早朝に昆明を出発しましたから、シャングリラ到着は、早い時間でした。当然のことですが、投宿のホテルは準備が出来ていませんので、チェックインの前に見学です。
その最初の見学地が、ナパハイでした。雨季の後には湖となり、10月から3月頃は干上がって草原となります。ナパハイ見学の時には小雨が降りしきっていましたから、乗馬による散策は自粛しました。雨に濡れて、風邪を引いた場合に、高山病との合併症が懸念されたからです。昨日、2000m弱の高地で、1日だけ体慣らしをしただけですから、無理は禁物です。
ナパハイは、シャングリラの中心部から、北へ10km程に位置しています。鶴が飛来する自然保護区としても有名です。放牧された牛や馬が、黒い芥子粒のように点在して、草を食んでいる風景は、実に雄大でした。地平線の向こうには、雲に隠された高い山が控えているようでした。
近くにいた馬は、競走馬のようなスマートな肢体ではなく、小型で足も少し短い体躯でした。日本の在来種として紹介されている木曽馬ほどにはずんぐりといていませんが、かなり近い血統のようにも思えました。
<暴動発生の情報、チベット族民家訪問>
2つ目の見学地は、チベット族の民家訪問でした。実は見学予定地の松賛林寺界隈で暴動が発生し、治安回復がされていなかったため、急遽変更になりました。地方政府からは、この地域への立ち入りを自粛するようなメッセージが出されていました。
代わりに見学したチベット族の民家は、この地域では裕福な方の屋敷のようでした。屋敷を囲む立派な塀があり、門を潜って2階に上がりました。立派な木材には、飾りの彫刻が施してあり、中央の柱は直径が1mを越すような、二抱えもある丸い大木が使ってありました。
2階で一番目を惹いたのは、立派な祭壇でした。壁の1面を使った立派なもので、中央に小さな仏像やパンチェン・ラマ(?)の写真、右に毛沢東の胸像、左手に家族の写真が飾ってあり、それぞれにお供え物がありました。薪を燃やした暖房があり、ゆったりとした時間を過ごしました。
<ホテルへ、昼食>
チベット族の民家の訪問を終えた後で、2日間泊まる龍鳳祥大酒店へ向かいました。昼食の時間になっていました。その昼食のメニューから説明しておきます。
料理の写真の方は、何枚か写真編に収めておきました。味付けはさっぱりしていましたが、野菜、卵、肉などの素材自体の旨味が生かされて、十分に美味しい料理となっていました。山の中なのに、魚料理まで用意されていました。味から判断して、川魚が使ってあるようでした。
この龍鳳祥大酒店の海抜は3450m程です。富士山に例えれば、丁度9合目辺りになります。ホテルの中では、出来るだけゆっくり歩いて高山病に備えました。
<雨の中の碧塔海見学>
ホテルで少し休憩した後、午後の見学に出かけました。碧塔海(ピーターハイ)と呼ばれる、湿原のお花畑です。「シャワーは使わないほうがいいです」と教えられていましたので、軽く体を拭くだけにしておきました。酸素濃度が低いので、体温を急に上げたりしないほうがいいようです。
ところで、碧塔海のお花畑散策は、今回の旅行で一番厳しいものとなりました。降り続く雨で体が冷え、ホテルへ戻った後で、体調を崩された方が出たためです。
そんな厳しい碧塔海のお花畑の散策でしたが、天候のいい時であれば、全く違った印象になったかも知れません。入口から碧塔海まで約10kmに亘って湿地帯が続きます。今がそのお花畑の満開の時でした。シャングリラの中心部からは、25km程の東南部に位置しています。ナパハイと違って、いつも水を湛えている湖です。
<ホテルでの夕食、村長さんの家での観劇>
ホテルでの夕食時にも、一寸した観劇がありました。小さな舞台で、民族衣装に身を包んだ人達の踊りでした。指が隠れてしまう長い袖の民族衣装等でした。この後、子豚の丸焼きのディナーショーが予約してありましたから、少し控えめの食事としておきました。
本格的なディナーショーの始まりは、空にまだ明かりが残っている早い時間でした。雨が上がって、空には虹が架かって、印象的なシャングリラの景色として、脳裏に焼き付きました。
ガイドの松さんの説明では、この村の村長、族長の血筋に当たる人で、出演者は、親戚の人達ということでした。予め予約してあった子豚の丸焼き、地元の強いお酒、酸っぱいチーズと、歌と踊りを楽しんで、この日のお開きとなりました。
ナパハイで
高原に草食む牛は遥なる地平に散らばる黒き芥子粒
ピーターハイで
湿原に雨季は来りて湖に伸る桟道花の中道
2010/08/28 09:08:49