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娘から「泳いでも来い」司令が出て、前回が6月で今回のサイパンです。10歳になったチビさんが体験ダイビングに挑戦します。ダイバーのライセンス取得挑戦も可能ですが、慎重に確実にまず一歩前進。
宿泊は、フイエスタリゾート&スパサイパン
ダイビングショップは、GODI
今回は、旅の醍醐味「想定外の事件」に遭遇しました。そして念願のテニアン上陸します。
(写真は朝のガラパン)
2010/09/04 12:09:15
http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/
見渡すかぎりの平原になってきた。
道路はますます悪路になってきた。
睡魔と気分の悪さが交互に訪れる、その対策でもあるダービーだ。
4人で窓の外、遠くを近くを、凝視し続ける。
緑には水水しさや濃さがなく、やがて目が疲れてくる。
アフリカの人々は視力が6度もあるという。
地平線にいる人の顔がわかるらしい。
パトリックは私たちのたわいのない宝探しゲームを嘲笑しているようだった。
「ほら、今あちらのブッシュにいましたよ(笑)」
私たちには全然わからない。
私はビデオカメラをフルズームにして3人から反則をつきつけられたが、それでも動物たちの姿など、この平原には存在しなかった。
Mがシマウマを発見したと主張したが、3人にはわからず却下。
パトリックは業を煮やした様子で、やおら運転手のフランクに停車を命じた。
「右に根元から分かれたアカシアがあるでしょう?その下に小さな沼ありますね。見えますか・・・・?そこに何がいます?」
「わぁーーーー!!キリンだぁーー!!」
遠足の子どもたちのように私たちは同時に叫んだ。
そう、ダービーのチケットは払い戻しだった(笑)。
が、そんなことはどうでもよろしい。
アンボセリ公園手前の草原で、ついに私たちは「野生動物」を「発見」した!
今日から、これでもかこれでもか、と動物たちとご対面するのだが、そんなことは何も考えず、「私たち」は純粋に感動を分かち合っていた。
「でも、動物は動物園にいるだけじゃないんだね。国立公園というから、ナイロビ郊外のところにあったように柵でも囲んであるのかと心配してました(笑)」と、私はもちろん、冗談のつもりで吐く。
「ここはアフリカね。いてるところにはどこにでもいてます」とパトリックはつまらなさそうに真面目に応えた。
それより、パトリック・・・・・・関西弁が移ってるんですけど・・・・・・。
パトリックは肌が黒い。
黒人だから当たり前だが、彼の肌はマコンデ彫刻のように墨色がかっており、本当に黒が濃い印象だ。
彼はキクユ族とも明らかにマサイ族とも違う。
どこの部族出身か、旅中最後まで聞かずじまいだった。
車はジェットコースター気分を味わいながらナイロビを発つこと4時間。
ようやく、ナマンガ・ゲートという保護区域内への入り口を通過した。
「やっぱり動物園かいな?」とMに向けて、意識はパトリックに対して笑いながら言う。
しかし、保護区内外を動物たちが行き来するのは、もちろん「自由」だ。
逆に遊牧で生計を立てているマサイ族が居住区を定められ、締め出された格好だ。
人間というやつは、どこまでもどこまでも勝手だ。
人間に対しても自然に対しても。
私たち物見遊山の者どもも、このことは最低のマナーとして心得ておかねばならないと思う。
それは―――――。
それは、ここでいう「公園」とは、類長猿である私たち「動物」が勝手に線引きしたものでしかない。
私たちは「動物を見に来た」のではなく「動物に見られに」ちょっとお邪魔させてもらっているのだ。ほら。
「ほら、ヌボーとした表情で、ヌーがこっちをボーッと見てるよぅ」
「さぶーーーー」と、M。
ゲートを潜って。景色に変化こどないが、やはり動物たちが多くなってきた。
「わー、シマウマの親子ですよーかわいいー」
「あっ!ほんとにシマウマの親子ですよ。かわいいー」
「見て見て。イボイノシシよ。ほんとにイボがあるんだ。かわいいー」
動物が増えるたびに、後の3人組がやかましい。
「サファリ中は静かに願います」
パトリックの声を真似て3人に言ったが、全く無視された。
「ああああーーあれっ”!ゾウよぉー」Sがやかましい。
「うきゃーー歩いてるぅー」Hよ・・・ゾウだって歩くがな・・・・。
「どえりゃぁーーーー!!耳を羽ばたいてます!!」Mまでカメラ向けながらうるさいのなんの・・・・・・・。
「あれは暑さを冷ますためね・・・」冷ややかに言うパトリツク。
「おおおーー!パンダも発見!!」
冷たい視線を浴びるのは私・・・・・・・・。
ところで、ところで、である。
今回ケニア訪問を選んだのにはワケがある。
動物に関心がないわけではない、それもある。
しかし、私は来年キリマンジャロ登頂を計画している。
キリマンジャロはタンザニア側から登頂するのが一般的ルートだ。
ぜひ、今回ケニア側から万年雪の「アフリカの富士山」をゾウのバックなどで、この目に焼き付けておきたかったのだ。
アンボセリは神奈川県と同じくらいの面積だ。
晴れ渡ったときには、群馬からも雄姿が拝める富士山より高い山のはず・・・・・。
その雄姿がそろそろ見えてきてもよさそうなものだが・・・・・。
遠くには乾燥地帯独特の渦巻きが何本も舞っていた。
雲、そういえば、いつの間にか分厚い雲が垂れ下がっている。
少し、不安になってきた。
雲の切れ目の地平線は裾野が広がっている。
少し不安になってきた。
デリー、ムンバイ経由ではるばる、ここを目ざしてやってきたのに――まさか・・・・・――。
「まさか、正面の雲の後がキリマンジャロ?」
「イエス・・・・・いつもだいたい雲の後ね」
パトリックはつまらなさそうに、あっさり言った―――――。
2010/09/03 12:09:58
2005年夏、ロシア、欧米、アジアの自動車関連企業が一同に会するだろうモスクワ・モーターショーを2日間、見に行きました。
仕事のほうは順調に進んで、成果を収めたので問題ない。
ロシア自動車メーカーはじめ、全世界のメーカーがここに集まった。
のだが、日本の自動車メーカーはスズキのみ。
あのトヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダetc.は出品していないのだった。
ロシアは2005年当時で、すでに約3千万台の自動車保有台数を誇る、レッキとしたモータリゼーション大国なのだ。
その殆んどが余り質の良いとは言えない、ロシア車ではあるが。
1990年代後半あたりから石油+天然ガス資源をバックにした豊富な資金で、ロシア経済は高成長時代に入っていて、日本の中古車輸入はうなぎ上りで、2005年時点で、今や日本からの中古車輸出先のトップとなっている。
日本車の占有率は、極東地域では90%以上、中央シベリア地域で約50%、全保有台数の7割が走っているヨーロッパロシア地域でさえ25%近くを占めている2005年だった。
(欧州車はドイツ車中心に30%)
対ロシア貿易相手国は、ドイツ、中国、イタリア、オランダ、アメリカであり、日本は非常に出遅れていた。
その出遅れが、今回のモスクワ・モーターショーに如実に表れていたのだろう。
でも、トヨタは2007年末から、サンクト・ペテルブルグで現地生産工場開始を計画していたので、さすがトヨタは先見の明があるものだ、と思っていた。
当旅行記はそんな経済のお話しではなく、2005年当時のモスクワ・モーターショー会場内で起こっていた、真実をお伝えするものです。
これを目にして、明るい、アッケラカンとしたロシア人の一面を認識したのでございます。
ロシア人は決して、冷たくはありません。
熱いのです。
2010/09/02 09:09:43
かつて、ユダヤの民を惑わしたとして捕らえられたイエスに
ユダヤの大司祭カイアファが 民衆と共に
総督ピラトに イエスの極刑を 迫りました。
法に違反したわけではないイエスを 放免しようとした
ピラトは 過越しの祭りの前の 恩赦に 強盗バラバかキリスト
どちらを選ぶか 民衆に問います。
群集はバラバを恩赦にかけるよう叫び
イエスは 鞭打ちの刑の後 磔刑に処せられます。
その判決直後に イエスが下りたとされる
ピラトの官邸内の階段
これが サンタ・スカラ、聖なる階段です。
4世紀、パレスティナに巡礼に行った
コンスタンティヌス帝の母ヘレナが 持ち帰ったとされています。
2010/08/30 10:08:02
<1996年2月19日(月)>
<シドニーからケアンズへ>
シドニーからケアンズまでは約2時間でした。9時過ぎにシドニーを飛び立ち、11時過ぎにはケアンズに到着の予定です。3人掛けのシートでは、アメリカから観光旅行に来たという、60代半ばといった老夫婦と隣席になりました。
旦那さんの方が英語で話しかけてきましたので、1時間以上、片言の英語での会話を楽しみました。お二人とも日本語は全く話せない方でした。以下は片言の英語で会話した内容です。少し記憶が曖昧になったところもありますが。まず手始めは、名乗りと旅行の事、故郷の事などです。
名前もお聞きしましたが、メモをしたわけではありませんので、失念しました。自分の名前も名乗りましたが、幾度か聞き直されました。
「あなたは日本人か中国人か?どこへ旅行するのか?」
「日本人です。メルボルンとシドニーを旅行してきて、今日はケアンズ経由で日本に戻るところです」
「ケアンズには寄らないのか?それは残念だね」
「自分たちはケアンズで後3、4泊する予定なんだ。その後は、ロスアンジェルスで2泊して、それから故郷のフロリダに帰る予定なんだ。君はフロリダを知っているかい?」
「フロリダはよく知っていますよ。暖かくて素晴らしい所でしょう?」
「それはいいところだ、フルーツも一杯採れるし、すぐ近くにディズニーランドもあるよ。君もディズニーランドは知っているだろう?」
「ああ、ミッキーマウスのディズニーランドでしょう。よく知っていますよ」
「俺の家からは、車で1時間もあれば行けるよ。今度の旅行は、俺が定年退職になったんで、女房を連れて来たって訳さ」
「君は日本のどこに住んで居るんだい?」
「名古屋はご存じですか?トヨタ市の近くですよ」
「名古屋? 名古屋は、京都と東京のどちらに近いんだい?」
「京都の方が少し近いですね」
「そうか。 実は昔仲間と10人ほどでヨット旅行をしたことがあるが、ヨットを神戸で降りて、「新幹線」で東京まで行ったことがあるんだ」
「それは素晴らしい旅行でしたね」
「ああ、素晴らしい旅行だった。日本へ着くまでに、香港やシンガポールや台湾にも立ち寄ったよ。神戸からはハワイに立ち寄ってからアメリカに戻ったんだ。2ヶ月以上はかかったね」
「その神戸で、最近大地震があったことを、あなたは知っていますか?」
「知らないな」
「ロスアンジェルスは地震の多いところだと聞いていますが、アースクイック(地震)の事は分かりますよね」
「ああ、地震の事はよく分かるよ。神戸の地震はどんな地震だったんだい?」
「最近起きた大地震です。5千人以上が死にました」
「そうか、残念だけど俺は聞いていないな。お前も聞いていないだろう?」
「ええ、私も知りません」
旦那さんはほんとに話し好きで、奥さんもなかなか愛想のいい人でした。二人とも大柄で、狭いエコノミークラスの座席が窮屈そうでした。
機内サービスもなかなかでした。軽食の前にシャンペンを注いでくれました。
「あなたはシャンペンが好きですか?」
「大好きだ」
「ワインも好きですか?」
「ワインも大好きだ。俺の故郷のフロリダは果物がたくさん採れて、ワインも最高だ」
「日本のオサケは飲んだことはありますか?」
「飲んだことはあるが、最近はないな。ところで、君はオーストラリアは初めてか?」
「初めてです」
「どんなところへ行って来たのかい?」
「メルボルンとシドニーです。シドニーではクイーン・エリザベス?世号やオペラハウスを見学してきました。」
「エリ*ベス?アイドントノウ」
「イギリスの女王陛下のエリザベスですよ」
「お前、エリ何とかって知ってるか?」
「私も知らないですよ」
「???」
「アー、分かった。エリ(ザ)ベスのことでしょう」
「イエス、イエス」
つい、舌を噛まずに日本語読みにしてしまったので、エリザベス号のことを理解して貰うのに四苦八苦しました。その前の会話で、「あんたはどこで英語を勉強したのか?」などの質問がありましたので、気楽に話してしまいました。
「ハブユーアー(ハバー) グッド 、、、」
「ジャニー」が言葉になる前に、
「アンドユー(アンジュー)」
と先に言われて、別れの握手を求めてきました。
奥さんは、この日本語だけは知っていると言って、別れの挨拶に「こんにちは」の日本語を披露してくれました。
「昔は日本と戦ったことがあるが、今の日本は好きだよ」
とか、そのほかにももう少し込み入った話を聞きましたが、いかにせん、自分の英会話能力では、難しい話と微妙なニュアンスは、理解しようもありませんでした。
前の席で、私達の会話を聞いていたと思われるドイツ人風の男性も、笑顔で別れの挨拶を送ってくれました。旅の出会いはいいものだと、つくづく思いました。
<ケアンズ到着、トランジット>
ケアンズでは,乗り換えはなくQF59便のままでした。飛び立つまでには、1時間以上間があったので、一度飛行機を降りることになりました。行きと同じようにトランジットです。飛行場のエプロンには着けず、移動式のタラップでした。そこからは歩いて空港ビルの待合い場所に移動しました。
少し歩いただけで、シドニーと較べたら相当に暑さが厳しいことが実感できました。簡単に言えば,、日本の北海道と九州くらいの気温の差があるのかも知れません。もっともオーストラリアでは北へ行くほど暑いので、南北は逆になります。
シドニーからケアンズへ向かう機中にて
片言の会話にジェスチャー交えたり異国の人と空を飛ぶ旅
シャンペンが好かと問ばワインもと一期一会の会話なりけり
2010/08/29 03:08:54